高倉健氏がオリジナルブランドにオーガニックを選んだ理由とは?

引用:つきのみせ。

「SDGs」という言葉を初めて聞いてから1、2年が経過しました。
世の中にさまざまな製品やサービスがある中で、新製品や新サービスを発表する際にどうしても意識してしまうものが「SDGs」という考え方ですね。

ここで改めて「SDGs」についてのおさらいです。

持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)別ウィンドウで開くの後継として,2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された,2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標です。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っています。SDGsは発展途上国のみならず,先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり,日本としても積極的に取り組んでいます。

出典:持続可能な開発目標SDGsエス・ディー・ジーズとは

これから事業を立ち上げていく中で持続可能な世の中に貢献していく事業はどんどん伸びていき、ベンチャーキャピタルからの資本提供も受けやすい一方で、そうじゃない事業への資本提供は先細りしていきます。

もともとある事業をなんとかSDGsに絡めれないかと試行錯誤する企業も増えてきており、それを新事業として展開している企業もあるとかないとか。

さまざまな企業がSDGsに沿った事業を展開しているなかで、今回はオーガニック&ナチュラルアイテムのメーカーである株式会社たかくら新産業と代表取締役である高倉健氏について記事を書いていきます。

今回の記事は特にこれから新たに事業を立ち上げていくつもりの方に見ていただければと思います。

インパクト特大!株式会社たかくら新産業の高倉健氏について

引用:2014年11月25日(火)第1回だいじょう部 部活「だいじょうぶなもの《食べ物編》」開催

高倉健と聞くと、誰もがあの往年の名俳優を想像してしまいますね。
そういった意味では非常にインパクトのある方だなと感じていますが、株式会社たかくら新産業の代表取締役である高倉健氏は1964年に京都で誕生します。

大学を卒業後、西武百貨店に入社。

百貨店に勤務しながら世界中のあらゆるGOOD ITEMに携わっていく中で、『日本人のQOL(Quality of Life)を向上させたい』という想いから百貨店を退職して独立。

創業当初はボクサーパンツやアイピローなど、まだ日本において馴染みの薄かった製品の輸入販売や商品開発がメインでした。その後、オリジナルブランドである“メイド オブ オーガニクス”を立ち上げます。現在では、“メイド オブ オーガニクス”を含む8つのオリジナルブランドを展開していますね。

オーガニック&ナチュラルアイテムのメーカーとしての地位を確立した高倉健氏が、オリジナルブランドを立ち上げる背景には壮絶な物語がありました。

オリジナルブランド“メイド オブ オーガニクス”の立ち上げの背景とは?

引用:超乾燥肌のための「メイド オブ オーガニクス」モイストリペアシリーズがリニューアル!

高倉健氏がオリジナルブランドである“メイド オブ オーガニクス”の開発に踏み切った背景はご自身と奥さまの突発的な病気が原因だったそうです。

ボクサーパンツやアイピローなどの海外製品の輸入販売の売上が順調に推移して多忙を極めている最中、突然高倉健氏の奥さまが乳がんを患ったそうです。

高倉健氏の頭に「死」がよぎります。

死ぬかもしれないという不安の中、奥さまの手術が成功してホッとしたのも束の間。
その翌日には、高倉健氏ご本人が街中で突然倒れたそうです。

目を覚ますと病院のベッドの上で、いくら検査しても原因不明の病魔が高倉健氏を襲います。
嘔吐と下痢が続き一時期体重がマイナス13キロになったそうです。

原因不明な病気に対して処方された薬がビオフェルミンだったそうで、この二つの出来事がきっかけで死生観が大きく変わったそうです。

「人間、いつか死ぬかわからない。だったらこの命を誰かの役に立たせたい」

そして実は、その当時の日本のオーガニックに関する法律は抜け穴だらけ。
それを顕著に示すあるエピソードがあります。

ある日、高倉健氏の奥さまが見つけてきたオーガニック由来100%のシャンプー。

しかし、よく調べてみると酷いものでした。
全体の1%以下しか使われていない香料がオーガニック由来100%の精油(エッセンシャルオイル)だったのです。

これは合法的な詐欺ですよね(笑)
顧客のことなど一切考えずに、自社の利益を追求しただけ(のように感じる)シャンプー。

SDGsが叫ばれている昨今、このような企業は淘汰されていきそうですが、当時の日本ではまかり通っていたのは驚きです。

さきほどは少し過激な表現をしてしまいましたが、製品に表示されている内容も真正面から受け取らない方がいいということを身をもって体感した高倉健氏。

本当にオーガニック由来で身体にいいものはなかなか手に入りづらいというご自身の経験から、オリジナルブランドを立ち上げるということを決意したそうです。

「過去の体験」や「自分自身の想い」が先行したモノづくりはバルミューダの寺尾玄氏と同じで、製品ファーストでマーケティングの要素がほぼゼロで成功したいい事例ですね。

ただし、そこにはどんな戦略が隠れていたのでしょうか。
次の記事では売上戦略や高倉健氏が手掛けるプロジェクトについていろんな視点から調べていきます。

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