前回は川口典孝さんの新海誠さんとの出会いや会社を独立するまでの話を書いていきました。
今回は、川口典孝さんがいい作品を作る上で大事にされていると思うことについて書いていこうと思います。
経済的に自立するためのファイナンス
コミックス・ウェーブ・フィルム(CWF)は未上場企業です。
未上場企業とは、その名の通り上場したことがなく、現在も上場していない企業で、上場すると会社の株が一般投資家の間で自由に売買できるようになります。
上場することで、株を売ることや金融機関からの信用が向上するため、資金調達が容易になります。
一方で、買収の可能性や株主の意向に配慮する必要が出てきます。
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納得いく作品を世に出すためにも、あと数週間の期間や数千万円のお金があったら世界をとれる作品になったのにと思っていても、株主の意向で決算を優先することになるといい作品は出来なくなると感じているようです。そのため、上場せずに、金融機関から少額の融資を受けては返済するという地道な信用を得る方法で、単独で最低限映画を制作できる3億円の融資を受けられるまでにしてきました。
また、テレビアニメの仕事を引き受けることで日々の運転資金は入るようになります。業界相場は30分アニメ1話の制作して払われる金額は1500万円程度です。
しかし、川口典孝さんが経営者として利益を出し、若い世代に賃金を払って次世代を育てていくために必要な費用は1話4000万円程度と考えており、この金額だと製作関係者が首を縦に振らないため、現在テレビアニメの仕事は引き受けていないようです。
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CWFの最大の強みは、制作から劇場配給やDVD販売まで自社で手掛けてきたこと。流通を任せると売値の2割程度が入ってくることに対して、自社で流通させることにより、売値の6割程度が一般的に入るようです。
お金を出しても作品を見てくれるコアなファンをつくる
川口典孝さんが新海誠作品をはじめ、CWFのクリエイターの作品を買ってくれるお客さんさえいれば、次の作品を作ることができると考えているようです。
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「君の名は。」までの10年を聞く/日経ビジネス電子版
テレビアニメに手を出さない理由の一つとして、アニメ制作の下請けの仕事になるとお客さんはテレビ局になります。しかし、どんなにお客さんであるテレビ局との関係が良好になったとしても、番組の人気がでなければ先行き不透明になるというのもあるようです。
2004年ごろには、全国20館で公開し、全部の劇場で舞台挨拶と新海誠さんによるサイン会を行っていて、その時から3時間程度サイン会のために待ってくれるお客さんがいました。
こういった地道なファンサービスも功を奏して、『君の名は。』BD/DVDの初週売上63万枚を売り上げたようです。
2002年に『ほしのこえ』の海賊版が中国に出回ったと聞いて、川口典孝さんが現地に赴いたこともあるようです。その時に現地の法務担当の方から著作権の考え方が中国に浸透するのには30年くらいかかるかもしれないと言われたそうです。そこで地道に取り組もうと、中国でもサイン会を開くと大行列、トークショーをすると満席という人気ぶりでした。ちなみに、トークショーで新海作品を観たことがある人と聞くと、中国版のDVDは出てないにもかかわらず、海賊版を見ているからみんな手を上げるという状態。
川口典孝さんはこういう人もファンだと考えるようにしていたようです。結果として『君の名は。』海賊版が出ているにもかかわらず、中国の映画館で正式に上映され、95億円の大ヒットを記録しました。
現在ではレンタルやサブスクリプションによるネット配信も増えてきましたが、「充実したブックレットが入っている保存版」となるようなパッケージ制作をしていることもあり、新作が公開されるたびに過去作品も売れていくこと良い循環になっているようです。
育成しながらチームを作っていく
元々新海誠さんは監督・脚本・演出・作画・美術・編集のすべてを1人で担って『ほしのこえ』を公開したように、その気になれば一人で完成までできてしまう。それをやると、1本作成するのにとんでもない時間がかかってしまいます。
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「君の名は。」までの10年を聞く/日経ビジネス電子版
川口典孝さんは一丸となってひとつの作品の完成に向けて突き進むには、一蓮托生のほうが向いていると考え、美術スタッフを中心に、できるだけ正社員として雇用するスタンスでやっています。
ちなみに、多くの制作会社はプロデューサー・監督・経理担当程度しか雇用せず、アニメーターは業務委託でかき集めているようです。
CWFでは新海誠さんの作品と並行して、小さく作品制作をしています。
川口典孝さんは予算上丸損する前提で、若手の監督やプロデューサーを起用してチャンスを与え、自分達で配給したり、ポスターの作成や貼り付けに行ったり、Netflixに持ち込んだりという泥臭い部分もいまだに新入社員が経験できるようにしています。
新人を育てて全員正社員として雇うことができればいいが、人を抱えすぎると先述した会社を回すための仕事もしないといけなくなるので、正社員とフリーの腕利きの人を集めバランス感覚が経営者としての腕の見せ所になります。
好きな原作や監督と仕事ができるので、腕利きの原画マンや美術スタッフほどフリーでいたいと思っている人が多い業界です。
腕利きのスタッフはこの作品に関われるなら数カットの契約でもいいとか、恩義のあるほかの監督の仕事を頼まれたのでどうしても抜けさせてくれといったお金以外のことを重視することがあるそうなので、お客さんの話だけではなく、コアなファンを作ることは制作にもすごく大事です。
CWFがいい作品を世に出し続ける理由
川口典孝さんの新海誠さんとの地道な積み重ねがコアなファンをつくり、それにより大企業の下請けとならずに作品を制作できていることが、世の中に喜ばれ、観たいと思われる作品をつくり続けられることにつながっているなと感じました。
丸損覚悟で若手に失敗から学べる場をつくり、育成にも力を注いでいるので。これからのアニメーションを支える人がCWFから出てくる日も近いかもしれません。
2022年11月に3年振りの最新作『すずめの戸締まり』の公開が決まり、こちらも楽しみです。