先日の記事で、2回にわたりSmartHRの前代表取締役宮田昇始氏について紹介しました。
急成長を続ける途上での代表の交代については、発表当時、意外に感じた方も多かったのではないでしょうか。
宮田氏からバトンを受け取ったのはそれまでCTOだった芹澤雅人氏でした。
CTOでありながら、実は大学時代は文系の学部に在籍していたという経歴の持ち主です。
今回は、そんな芹澤氏の経歴や価値観について紹介します。
文系に進学するも、エンジニアとして就職
実は、子供時代はパソコンで遊ぶのが好きだった芹澤氏。
プログラミングをするのも好きで、自分でゲームを作ったり、文化祭で自作のゲームを披露してみたりと、オタクとも言えるような一面がありました。
大学進学の際には、文系の学部に進むことになりますが、就職活動の結果は理系分野に進むことになります。
文系出身者の多くが目指すような業界の企業を当たるもしっくり来なかった芹澤氏は、試しにと思って参加したIT系企業の説明会で、自分の望む業界に出会うことになります。
そして最終的にナビタイムジャパンに就職することになります。
プログラマーとして働き始めた芹澤氏。
しかし、理系学部の出身者とのスキルの差を感じ、スキルアップのために努力をするものの
、結局はエンジニアとしてのスキルで勝負することを諦めます。
そして、それ以降は、自分の価値を高めるために、視野を広げて、エンジニア以外のスキル、例えば、マネジメントやマーケティングなどを学んでいきます。
実際に、仕事の中でもマネジメントに関わる業務の経験を積んで行きます。
学生時代の経験から「チームで仕事をしてみたい」という気持ちを持っていて、チャンスを掴んだ芹澤氏ですが、この時はあまりうまく行かなかったそうです。
SmartHRに参画、そして経験を活かしてVPoE、CTOへ
芹澤氏がSmartHRに参画したのは2016年2月のこと。
「いつかはスタートアップで働いてみたい」と考え、数年間さまざまな企業を見ていた芹澤氏は、スタートアップ企業のコンテストで優勝するSmartHR(当時の会社名は株式会社KUFU)を目にします。
そして、サービス立ち上げから数ヶ月の時期、SmartHRのメンバーがまだ3人だった頃にエンジニアとして入社します。
最初は1人のエンジニアだった芹澤氏も、組織が大きくなるにつれて、VPoEとしてエンジニアをまとめる役割を経験し、さらには、CTOとして技術の観点から意見を出す役員となって行きます。
そして、2021年には芹澤氏が宮田氏の後任としてCEOになることが決まります。
SmarttHR参画以降の芹澤氏の経歴を振り返って見ると、ステージアップの過程の中に、芹澤氏の持つ、エンジニアとしての経験とマネジメントの経験の両方が活かされているといえます。むしろ、その経験があったからSmartHRの中で活躍しステージアップできたと言っても過言ではありません。
「行動力と視野の広さ」というカルチャー
エンジニアとしては、文系出身でスペシャリストではないとも言える芹澤氏。
しかし、スペシャリストではないことが結果的にSmartHRでの活躍に繋がったといえます。
また、目の前の目標や自分のやってみたいことに対して全力で打ち込み、多少の障害にぶつかっても、「どうしたら自分の価値が上がるか」を考え、さらに失敗をも糧にしてきた信念や姿勢も芹澤氏の経歴から伺えます。
芹澤氏の信念や姿勢は、SmartHRのアイディアに出会う直前3ヶ月の宮田氏にもどこか通ずるものがあります。こうした価値観が共通してたからこそ、芹澤氏はSmartHRにピントきたのかもしれません。
トップが変わってもカルチャーは変わらない!
SmartHRの次期社長を決める際、候補者のプレゼンの中で唯一、会社の文化についても話したのが芹澤氏で、それが決定打となって芹澤氏が次期社長に決まりました。
宮田氏の退任の理由にもあるように、会社のトップに求められる能力は、会社の規模やステージによって変わり、それに見合った人物がトップになればよいと考えます。
しかし、トップが変わっても、カルチャーは変えないということが大切で、宮田氏と芹澤氏にはカルチャーは変えないという価値観が強く一致していました。
「CTOがCEOになった」ということがよく強調される交代劇ですが、根本で大事にされるべきはカルチャーなのだと、芹澤氏そして宮田氏から学べるのではないでしょうか。
それでは!